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お菓子屋さんに恋をする [お菓子暦]

2006年夏の東京で出逢ったシンプルな焼き菓子との出逢いが大きな扉を開けてくれました。
同時期に発売された”料理通信”が確かな作り手に出逢うための手助けとなりました。

それまで沢山のお店を廻り、生ケーキを中心に食べていたのですが、シェフを特定して焼き菓子も含めて食べるようになりました。
焼きっぱなしのお菓子の美味しさに目覚めてからは、持ち帰りが容易なのをイイことに1軒で支出する金額がどんどん増えます(爆)

お店では生ガトーをいただき、自宅で焼き菓子を食べて、ますますそのお店が好きになる!

この頃になるとblogが活発になってきて、お菓子好きな方たちからリアルタイムな情報が得られるようになりました。
自分と趣向の似ている方がオススメされるお店を辿れば、確実に”美味しい感動”に出逢えるのは有り難い限り。

流行のお菓子に並ぶ、新たなお店にいち早く訪問する、食べ歩いた軒数を増やしたい、という気持ちは無くなって
シェフの経歴や、作るお菓子の表情がいかに魅力的か、が新しいお店に行く原動力に変わりました。

どんどんとお菓子熱は上がっていき、お店ごと買い占めたい!と思える数人のシェフに出逢えました。
そんな方のお店に入ると、お菓子が素敵なので値段なんて目に入らない、けど気にしない!

買っておけば良かったなぁ、と後悔するよりも、どれもこれも美味しくてシアワセ!を実践しています。
(もちろん一定のルールは自分の中に設けているので、それはまた別の機会に)

そしてこの夏、新たな展開があるのか・・・ドキドキしています。


東京パティスリー巡りが始まって [お菓子暦]

2001年から始まった”きこきこ日記”の沢山のご縁のおかげで、遠かったはずの東京への距離が縮まりました。
毎年恒例となったお江戸での年越しはもう8年になります。
それに加えてもう1~3回上京しているから、平均すると年に3回くらい?
最初の頃はテレビや雑誌で見たことのあるお店か(それしか情報源が無かったし)オトモダチが連れて行ってくれるお店が中心でした。

2004年にTさんから「きささんは買うべきよ。」と教えられた”スイーツバイブル”(パナデリア三宅氏著)は以降数年間、まさに"バイブル”でありました(もちろん、今でも大切にしていますがその後にオープンしたお店も多いので)
殆どが首都圏のお店なのですが、札幌、京都、神戸、福岡のお店も数店掲載されています。
でも名古屋のお店は・・・どこにそんなに差があるのか?確かめたくなるのです。
確かに、今まで知っていた地元のお店とは違うレベルのお菓子に沢山出会えました。
苺ショートを家で食べることが殆ど無くなったのはこの頃から。

掲載されているお店を何軒廻るか?が勝負みたいな状態でした。
でもこの時期があったからからこそ、今があるとも思えるのです。

名古屋の西洋菓子 [お菓子暦]

10台後半からの10年くらいも相変わらず沢山のケーキを食べてました。

印象に残っているのは、数年で閉店してしまった
あんずの木(2007年にイルプルーに初訪問し、幻となってしまったこのお店のルーツを知ることになる)
しゃぼん(プティングショコラとチーズケーキは数え切れないほど食べた。何故閉店されたのか今もってなぞ)
そして、フレダーマウス(このお店が名古屋に在ったことは奇跡だと思う)
この3軒が無くなってしまったことは本当に悲しむべきことだと思います。
八木マイスターのお菓子は神戸でいただけますが、あの頃の思い出が詰まったお菓子は作っておられないので。
そして当時はあまり理解できなかったけれど、後年食べ直してみたかったと悔やまれるのはミュゼ・ドゥ・パリ。

この頃のお気に入り(と言っても高価だったので時々しか行けなかった)は、
クークアンボア(さくらんぼのクラフティやエクレアがお気に入りでした。尾山台ご出身だったらしい)
モエ(フランス伝統菓子をベースとしたオリジナルなお菓子、サロンの雰囲気も好き。)
ル・シャポン・ファン(まっとうなカヌレやエクレアがいただけます。サロンが無くなって残念)
モエとル・シャポン・ファンは今でも時折お邪魔しています。

名古屋圏以外で印象に残っているところだと
京都の六盛茶庭のスフレ(今も健在ですが、喫煙が気になってもう行くことはないと思う)
神戸のアルムハイジ(三田の人気シェフがおられた頃か?)
くらいか?ケーキの為に遠征までする、というのは考えたことはなかったなぁ。

ごく普通に観光地に出向く際、るる○などに掲載されているようねお店に寄ったりする程度。
まさかこの頃はケーキのために上京を繰り返すことになるとは思いもよらないのです(爆)

ケーキから西洋菓子へ [お菓子暦]

今更ながら、お菓子遍歴を振り返ってみることに。

物心ついた頃から小豆が嫌いで、どら焼きの皮だけ食べるような横着者でした。
当時のケーキといえば、黄色いモンブランと桃缶サンドのイチゴショートケーキが並んでいた和洋菓子店。
小学生の頃には大手チェーン店が出来て、誕生日とクリスマスがある12月にはワクワクして。

フランス菓子というものに出会ったのは高校生活も折り返しの頃。
この頃になるとグルメ本のようなものが登場し、自分の住む町では見たことのない洒落たケーキ屋さんがあることを知るのです。
既に社会人だった姉が休みにケーキ屋巡りに連れて行ってくれたり(行く店はきさが決める)
デートのお土産に行ったことのない街のケーキを買ってきてくれたり(翌日に持ち越すなんてことはなく、夜遅くに4~5個のケーキを平気で食べていた)
自分でも一日乗車券を使って降りたことのない地下鉄の駅から歩いてお店を探したりもしました。

この当時食べて印象に残っているものは、
シェコーベのサンマルクやマルジョレーヌ
洋菓子庭木村のモンブラン
ポンデザール(閉店・当時のシェフは京橋のSシェフ)のタルト類
セントニコラウスのシフォンケーキとレアチーズケーキ(現在は違うケーキです)
ミロアールのミルティーユタルトとアイスケーキ(現在は作っておられません)
などなど。
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